FT8のDXペディションモードの国内運用の混乱収拾について


1.はじめに
FT8のDXペディションモードは初期のFT8(通常モード)には搭載されず後にDXペディションモードとして複数局と同時通信が可能なようにDXペディション側(FOX)のキャリア信号を単純に複数束ねて同時処理するソフトが追加された。

これを見てFOX側の電波型式は特殊なF7Dであるとし、通常免許状にF7Dの電波型式が記載されていないので実際の運用後でも可能な届出でなく、運用前に変更申請でF7Dの電波型式を取得しなければならないとの考え方がネット上で「うわさ」として流されてきた。ネット検索では中国地方のJARL支部の催しの記録もあり拡散に力を持たせているのはないかと思っている。この内容は「具体的にはFOX側は複数のFT8信号を同時に送信するので、周波数分割多重信号 F7Dの追加申請が必要」である。また、関西ハムシンポジュウム技術講演の予稿スライドではJARL NEWS2019冬号には「Foxは同時に複数局あてに送信します。なお、このような運用は日本国内では許可されていませんのでおこなわないでください」と書かれているとのことである。ネット上での「うわさ」と書いたが実はJARLの周辺でDXペディションモードの国内運用を問題視した情報を流しているのが実態のようだ。

電波法では、電波型式の第2文字は「主搬送波を変調する信号の性質」と定義されておりこの「変調信号」の性質をアナログかデジタルか信号数が1つか複数かで区別している。この区別でアナログではないので選択は信号数が1つ(この場合は「1」と表記)と複数(この場合は「7」と表記)であることは間違いない。その際に「主搬送波を変調する信号の性質」の「主搬送波」とは何かを

1)新たに複数のFT8信号をまとめてこれを主搬送波とみなす

2)個々のFT8信号には依存関係がなく独立しているので、依然として個々のFT8信号を主搬送波とみなす

の選択で、1)の立場を取ると電波型式が「7」ではないかとの見方も成り立ってくる。

なお、アマチュア無線の申請の際には一括記載コードがありこれに含まれていない電波型式の利用には変更申請が必要になることと電波型式によっては運用周波数が制限されるため、単に技術的にどちらが真実に近いかだけでなく電波制度を前提に付属装置諸元を如何にエレガントに記載するかという観点も考えておかねばならない。

2.変更届
新たにFT4が開発されたので、上記の考えでDXペディションモードも含めて四国総通に変更届を出してみたら3週間後に審査終了となった。補正依頼・質問等は一切なかった。

諸元記載の要点を挙げると

1)DXペディションの親局(FOX)用に新たに「多元接続」(マルチプルアクセス)(注1参照)の欄を設けて

200-2900Hzの副搬送波周波数内に60Hz間隔で最大5チャネル収容する

ことを記述した。これは通常モードでは1対1の2局間での通信であるがDXペディションモードはM対N局の同時通信を実現するための(ソフトウエアの)新たな機能でありそのためにF1D電波型式のFT8キャリアがM個配置されるとの見方である。

2)種別をFTXXとしてFT8とFT4の基本パラメーターを例として挙げて将来変更届を繰り返すのを避けてみた。すでにFT8の届け出を済ませている場合は届け出済みのFT8の諸元を2重線等で消して新たにFTXXとして届ければよい。

FT符号系一括付属装置諸元

3.まとめ
DXペディションモードのFOXの機能を「電波の変調方式や占有帯域幅を表す」電波型式(変調技術)と切り離して「多元接続」と整理して諸元を作成した。これで変調方式は一括記載コードに含まれるF1Dのみとなる。

なお、新たな変更届を回避して申請側と受理側の事務負担を防ぐ方法として「多元接続」は付属装置で提出要求範囲外の機能のためFT8の諸元に記載しなかっただけですでに提出したFT8の届にDXペディションモードも含まれているとして実運用する方法もある。これはTNC KISSモードのマルチコネクト機能がこの先例でAFSKの付属装置諸元に多元接続欄を設けずにRBBS等で30年以上使っている事例を根拠にした考え方である。これに加えて下記の関東総通の通知を論拠とすることも可能である。関東総通は「設備規則・運用規則を満たすか、秘話機能はないか、公表はどのようにされているか等資料の提供」によりWSJTX-2.0の仕様を精査しておりFT8と新FT8の国内運用を認めている。その中でFOXを含むDXペディションモードは2.0の仕様に含まれている(新モードでも亜種版でもない)のでDXペディションモードの国内運用は認められていることはこの通知で自明である。

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現FT8及び新FT8の処理方法

 これまで、現FT8を届出されている方から新FT8について別モードとして受理してきましたが、平成30年12月10日以降WSJT-X 2.0が確定しましたら、次のとおり取り扱いますのでよろしくお願いします。
 なお、引き続き新モードや既存モードの亜種版につきましては、設備規則・運用規則を満たすか、秘話機能はないか、公表はどのようにされているか等資料の提供をお願いします。
現FT8の登録がなく新規で新FT8を使用する場合
モードの追加となりますので変更申請(届)が必要になります

現FT8の登録があり新FT8を使用する場合
特例として現行の諸元表で読みかえますので手続き不要です。

既に現FT8及び新FT8の届出がある場合
この改変において手続きは不要です。なお、別の変更があった場合それに合わせて諸元表を変更してください。
 各モードにつきましては、総務省で策定している訳ではありませんので運用にあたっては、各バンドの運用区分に留意してください。また、発射する電波の周波数の確認のうえ、入力レベルの過入力による歪み、占有周波数帯幅の拡大及びスプリアスの発生に十分注意してください。
 また、本件における電話、メールでのお問い合わせは一切受け付けられませんのであらかじめご承知おきください
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結論として筆者が推薦するFOXとしてDXペディションモードを国内運用をするには以下の3つの方法がある。小生個人としては3)が望ましいと考えている。FOXの電波型式が通常モードと異なるとの立場の方は後付けの論理ではないかと疑われるかもしれないがそれ以外の申請者にとっては自然な論理である。

1)DXペディションモード運用後でよいので(例えばFT4の届時に)多元接続機能を記載したFT8の付属装置諸元を作成し軽微な変更として遅滞なく届ける。

2)AFSKと同じく「多元接続機能」の諸元への記述は要求されておらず通常のFT8の届でDXペディションモードを運用は認められている。

3)提出した諸元内容にかかわらず 関東総通の通知でWSJT-X2.0仕様の国内運用はすでに認められておりこれに含まれるFOXを含むDXペディションモードの運用は新たな届なしで可能である。

いずれにしても、DXペディションモードの国内運用の混乱収拾に本稿が役立つことを願う。

以上 

注1:小生は変調方式と区別するために「多元接続」を用いたがこれは最近移動通信の分野で多く用いられており変調技術との境界が明確になるであろうとの意図である。「多重化」を用いても良いがこれは歴史が長く説明する通信分野の時代背景によって変調技術との境界があいまいになることを危惧したからである。具体的には多重化は「2地点を結ぶ1方向通信路において、複数の情報を同時に伝送したいことがある。それらを1つの通信路にまとめて送る方法」で多元接続は「複数の地点に分散したユーザー用送信機と1つの基地局通信機との間で通信をおこなうための方法」(鈴木博著ディジタル通信の基礎(数理工芸社)と同じである。この本の著者は小生と同じ時代の空気を吸ったためか、いずれの技術も通信リソース管理技術として変調方式技術とは別の技術としておりかつDXペディションモードは多重化ではなく多元接続としている。この本の冒頭に書かれているように「ディジタル通信システムに適用される諸技術を正確に理解することは重要であり」そのために基底帯域通信システムと帯域通過通信システムを定義しその中で変調方式とは何か多重化とは何かそして多元接続は何か放送は何か通信は何か。。。を常に再定義してきた移動体通信の約半世紀をFT8のDXペディションモードの電波型式の議論で振り返るのは単なる免許手続きの簡略化とかJARLへの丸投げではなく各アマチュア無線技術士に求められている技術とは何かを議論する上でまた重要なことだと思っている。

多重化の説明でも変調技術と明確に区別して説明しているを以下にしめす。この説明をAM放送に当てはめると周波数多重とは全体の周波数帯域(526.5kHzから1620.0kHz)を9kHz間隔で各放送局に分割して配給しており受信機は聞きたいチャネルの周波数を選択する方式である。日本では約100年前に始まったといわれる中波放送の当時の技術者が周波数多重化方式を意識していたとは思えないが変調方式と電波型式は各チャネルのF1Dであり周波数帯域は「200-2900Hzの副搬送波周波数内に60Hz間隔で最大5チャネル収容する」と設計したJoe Taylorとその仲間達はFM変調を非同期検波で使うようにAM放送と同じ非常に古い素朴な技術をDXペディションモードに使っていることがわかる。小生の知人はこのような技術利用を「先祖返り」と呼んでいる。

A: 周波数分割多重( FDM:Frequency Division Multiplex )
現行のラジオやテレビなどのアナログ放送がFDM の代表的なものです。 これらのアナログ放送では、広い周波数帯域を分割して各放送局に配給しています。 受信機は聞きたいチャンネルの周波数を選択します。


(2019年8月30日まとめ)


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